2022-11-03 深夜に意見の食い違い
3時過ぎまでずっと話をしていた。
苛立ちを隠しながら遠回りに話をして、最後には素直なところにたどり着く。その時にはじめて自分でも気づく。わたしもそのことで大いに絶望している、だからこそ同じふうに傷ついているのを見るのがやるせないのだと。
傷をつつくような議論の仕方をしてしまうのは、自分の痛みをまだ手懐けられないから。痛みは消えなくとも、それごと包んで対話ができるはずなのに。
自分の感情や感触からあまり遠くにはいきたくないけれど、わたしの正義や視点に囚われすぎて頑なになりすぎないでもいたい。頑固に守ることと、頑迷になることは違う。
頑なになりすぎないでいたい、と思うがあまりに、それは頑なすぎるのでは、ということに過剰反応してしまうのもどうにかしたい。